おうち花マイスター*本多るみ
こんにちは^^ 本多るみです♪

わたしは

「毎日の暮らし」を
 土とともに
 植物とともに
 生き物たちとともに

 人間も 同じ地球の上に一緒に生きている
 生き物の中の1種類


そういう 「日本人的な感覚」を 伝えたいんですよね。


日本って、世界で見たら すっごく特殊な国。

まず「四季がある!」 これ自体珍しい。

その四季の移ろいを感じて生きる、自然とともに生きる国。



雨の匂いとか
雨や雪の降る音の擬音

日本ほどある国は ほかにないそうです。

しとしと しんしん 静かに
ぽとぽと ポツポツ  ポツリポツリ
ざーざー バケツをひっくり返したように とか


1つの花(ソメイソシノ) の開花が
全国トップニュースになる
ことも
ありえないくらい珍しいそうです。


わたしは、

「日本に生まれて ほんとによかった!」

って思ってるんです。

日本って すばらしいな! って。



そろそろ ・・・

●雨の匂いがする季節になったら 桃が咲く 《桃の節句(ひなまつり)》 だとか

●カエルが土から顔を出す季節だとか 《24節:啓蟄》

●「ぼたもち(牡丹餅)食べる」 って言うだけで 春だって分かったり 《春彼岸・春分の日》

春の風景 モクレンと桜


●モクレンのつぼみが ほころびはじめたら 田んぼを耕すとか 《田打ち》

●桜の花は 儚いからこそ 美しいとか 《国花・桜》

●端午の節句(子どもの日)は ミカンの花の香りがするとか 《童謡・鯉のぼりの歌詞》


れんげの田んぼ



そういう 日本人的な感覚 が とても好き。

わたしは こういう風景を 憶えているし 知っているので

これをどうしても、「子どもたちにも見てほしい」 と思うのです。


わたしがね、もう こうして
自分で撮った写真選んで載せてるだけで!

これらの風景が
涙が出ちゃうくらい 懐かしくて 愛おしいんです。



毎日の 風のにおい 雨の香り 空気の匂い

木々や草花のそよぎ におい 

咲かせる花の 美しさ 香り

そこにあつまる 生き物たちの いろとりどりの暮らしぶり


七夕の風景 竹とあじさい


海に囲まれて
森と川の合間に生きてきた
日本人の 暮らしの風景には

必ず 植物や生き物たちが 入っていて
こうして、言葉に 残っています。
節句にも 必ず 植物を飾ります。

わたしは、 こういう 日本の文化を
こういうときに この花を飾るんだよ
いまは この花がきれいだよ って
子どもたちに 伝えたいんです。

この 日本の文化を 次の世代に 残したい。




「自然と一緒」 に 生きる。


もちろん、ほかの国でも 自然と一緒に生きる文化がありますけど

なんか こう この

日本独特の 感性って あると思っています。

秋の風景 稲穂とヒガンバナ


あなたはいま 四季の移ろい感じて シアワセ 感じていますか?

なにかに追われて せっかくの 
世界でも貴重なこの日本の四季の
花々を 喜べていなかったり しませんか?

そもそも いま、そこにある花々を
見ていなかったり
感じていなかったり しませんか?

あくせく毎日 過ぎていくだけの毎日だと

「もったいない~~
 あなたも 毎日 このシアワセ感じてほしい!」

って思っちゃうんです。^-^*

 (わたしにも 一時的に そういう時って あるけどね)



だから

わたしは表面的には
「お花を教えている」んだけど

目的地は お花のデザインを教えることじゃ ないんです。



目的は
「花と一緒に暮らす 暮らし・生き方」を
送れている状態になってもらう こと。



わたしはブログタイトルを 「3分フラワーアレンジ」 にしているけど

これはね。

「フラワーアレンジ」 って言わないとさ。

誰も知らない 新ジャンルで 分からないからです^^;



あ、なので 

このブログ読み始めて

「あれっ? 今日 花じゃない話じゃん」

って思ってるかも~^m^



「フラワーアレンジ」から入って

実際に、現実に、「花と暮らせる」ようになってほしいんです。




現実に 「花と暮らす」 ためには

花屋さんで売っている キレイな花の
表面的なキレイなところだけを 見ていても 難しいの><

だって、 花は 生き物 だもの。



虫や鳥に 花粉をめしべの先につけてもらって
タネや実を 実らせるために
花を咲かせているのだから

虫や鳥が 来るのが 「あたりまえ」 なんです。


生き物だから
大地に、土に根を下ろして
太陽の光を求めます。

だから 土(微生物・小動物・虫) があって 「あたりまえ」です。


ただ キレイな 美術品 のようにだけ 思っていても
花と仲良くは
花と一緒に暮らすことは できません。

生きているから。




わたしは 花屋さんを11年やって
フラワースクールの運営もして

ああ、ふつうの「お花教室」では
お花は、「美術品」なんだ。
一緒に暮らす方法は 教えないんだ。


っていうことを学びました。



だから、 わたしは

日本に 存在しないなら なら 作るしかない! って思って

「花と暮らせるようになる講座」を 自分で作っちゃいました!




「一緒に生きる」 っていう感覚を

きっと あなたも 持っています。



団地やマンションで育った人が増えてきて
戸建てもコンクリートで固められてしまうことが増えてきて
土に触れずに育っていても

きっと 持っています。


それを 「思い出す」 には

毎日の おさんぽ
毎日の 通勤や 子どもの送り迎えの時間。

「いま、ここに ある ここにいる
 生き物たちを 見てみる、感じてみる」

その時間を たくさん持つこと。



【12か月おうち花マスター講座】の受講生さんが

どうして 人生変わっちゃうか?
 っていうと

課題で 「こういう葉っぱを見つけて使いましょう」 って言うから。

葉っぱ 意識して探します。

そうすると 葉っぱや花に 来ている 生き物とも 遭遇します。


だんだん 生き物たちに
季節の移ろいに 目が行って 感じることができるようになります。


・実家の庭が すごい宝箱だった! って気がついちゃったり
・畑を作って 育てて食べるようになっちゃったり
・お花の先生になっちゃったり
・お花の作品 販売する作家さんになっちゃったり
・お花屋さんになっちゃったり


そういう 受講生・卒業生さんの 暮らしが
豊かになっていく
のを見るのが
このうえなく シアワセ~~~(*´∀`*)


もしあなたが

そういう暮らしに
こういう人生に
憧れていたら

夢や憧れで終わらせないで
こっちに来てくださいね^-^*

受付けは明日、21日までです。



*次回からは、 こうして 一般募集しません!
 今回で終了です。 
 ぴぴぴと来たらどうぞ 飛び込んでみてくださいね^-^*



ではまた^-^/


ああっ、受講生さんの作品載せるの忘れた!ので
また載せますね~~~

こんにちは^^ おうち花マイスター*本多るみです♪

我が家の子どもたちが通う(通った)幼稚園の先生が
ある年の文集に書いていた言葉を
ふと思い出しました。

それは

「あたりまえ」 の違い。


我が家の子どもたちが通う(通った)幼稚園には
めんどりがいます。


卵をいただいて、卵焼きや ホットケーキを
みんなで作って食べています。


さくらんぼも


ブラックベリーも


ぐみも


栗も


すももも


とうもろこしも


びわも


キウイフルーツに 柿・ 大根 もとれます♪
(だいこんから たくあんや 干し柿作りも)


みかん・はっさく・きんかん も 採れます^0^



年によっては
稲も


稲わらかざりもありました。





さつまいもはもとより
芋づるリースも


日常的に たき火して 焼き芋焼いたり


もちつきも ごはん炊きも お味噌汁も♪


どんどやきも 園児がお団子作ってやります♪




園舎の高さの3倍くらいある 大きなおおきな木が園庭にあって


幼稚園の井戸水水道の水源はすぐ裏手の湧き水。



あんまり この幼稚園が好きすぎて
わたしが役員のときの文集は「すごろく」や「おいしい地図」を書きました♪



こんな幼稚園に 毎日来て
育てて収穫して食べまくりの子どもたちの
「あたりまえ」 と

先生がこの幼稚園に来る前の暮らしの
「あたりまえ」 の違いです。




わたしは、 こんな子ども時代↑を 
「ふつう(あたりまえ)」 に送った
最後のほうの世代です。

「わたしが送った子ども時代」
送らせてあげたくて
この幼稚園を選びました。

もうもう、大好き! 大ファンです!>▽<



この光景を 「あたりまえ」 として育った人は


きっと、いまの時代の一般的な


・スーパーで買ってくる
・できているものを買ってくる
・スイッチポン♪

「しか」知らないのとは

すっごく大きな違いがあると思います。


もちろん便利だから使ったらいいんだけどね
 「しか知らない」 のと 
もとを知ってる
 のとは 違うよね。


園の先生のことばも もっと詳しく紹介したいので
のちほど、おうち花メルマガでお話しますね。



どんな環境になっても

自分で食べ物見つけて食べられる
生き抜いていける


そんな子にはなれると思うわ^^


もっといっぱいいいことあると思う
いいことは メルマガで お話しますね♪



ではまた^-^/

おはようございます^^
おうち花マイスター*本多るみです♪

わたしはしょっちゅう
「お子さんと一緒におさんぽして
 材料拾って、やってみてくださいね~(*´∀`*)」

と お話しています。

ブログに載っている 「3分アレンジ」は
『全部!』 子どもと一緒にできるものをお伝えしています。


大人が3分でできるものです。
子どもと30分くらい楽しく遊んでやったっていいのです。


なのですが

よく
「子どもと一緒に作れるものが知りたいのですが」
とお問い合わせを頂きます。

うん、まだまだ
伝わってないんだよね(´・ω・`)


このところお話しています「リース作り」も
幼児と一緒にできます!


ぜ~~~~んぶ!

最初から最後まで!

木の実を拾うところから、
紙丸めて木の実貼りつけて毛糸巻いて飾るまで!

「お子さんと一緒にやってみてくださいね~!」

できますから。


木の実を拾っておいて、材料も集めておいて
リースの土台から作ると、「初めて作る大人」のひとで、
作業時間が 約30分です。

→幼稚園のイベントで、ママさんたちに作ってもらいました^0^*

→リース台を作っておけば、子どもたちにも作れます




なので、自分でやるときは

・木の実拾い を1日~数日
・他の飾りのお買い物 1日
・実際に作る 1日(1時間~)

くらいに考えておくとよいかな^^




そのほかの ブログでご紹介している「3分フラワーアレンジ」も
全部!

花を選ぶところ
野の花を摘むところ
器を選んで
敷き物選んで
長さを切ってポン♪

全部!

「お子さんと一緒に」できますからね~!!



でもね、わたし

「そうか、多くの人が
 こういうことを 
 最初から
 ”大人だけでやるものだ”と、思ってるんだ・・・」


ということに

こういうメッセージを頂くまで 全く気付かなかったのです。

だからね、いただくメッセージって、 ありがたい^^
自分じゃあたりまえになってて、まったく気がつけないところを教えてもらえるから。


わたしにとっては
「全部!子どもと一緒にやるのがあたりまえ」
だったのです。

なのでその説明が 必要だなんて
これっぽっちも 思ってなかったのですね^-^;;


でも・・・
何が「あたりまえ」かは
個人個人の主観・概念(考え方)で 違うんだよね。

だからこそ、 そこから 伝えなくちゃいけないんだ。


「赤ちゃんから 100歳まで」 みんなで できるからね~!

そのくらい カンタンで
昭和の時代は みんなが あたりまえにやっていたこと

それを伝えて
復活させていきたいな(*´∀`*)

っていうのが わたしの野望!( ̄∀ ̄) です


ではまた^-^/




おはようございます^^
おうち花マイスター*本多るみです♪

わたし、めっちゃ「昭和」な家で育ちました。

おじいちゃん おばあちゃんって
ふつうにこういうふうに
チョンチョン切って、飾るじゃないですか。



竹に秋の野の花活け

わたしは、こういう 花飾りを
毎日見て育ちました。

そんなわたしからすると

お花はお金がかかる

なんてことは ない!  んです。


ホラ、だって。
昔ながらのこういう花飾りは


0円よ。
 

これが、あたりまえ。
何も恥ずかしくなんてない


あなたにも、そう 感じてもらえますように。


もちろん、現代は
0円で花いっぱいになるほど野の花が残ってないから
花屋さんを使うことになるんだけどね^-^*

花を買うときも、

1輪だから恥ずかしいとか
安い束しか買わないのは恥ずかしいとか
スーパーの束を買うのは恥ずかしいとか


そんなことは何1つ、ないんだよ!

っていうことを、もっともっと、伝えたいです。



祖母も父も
庭の植物を チョンチョン切って飾っていました。

実家の花飾りたち

実家の「摘んだ花」飾り~毎日これを見て育った

実家の「摘んだ花かざり」1

後ろのかざりアップ
実家の「摘んだ花かざり」2
  ↑
右上のひょろっと伸びた実は
いま道ばたでオレンジの花が咲いてる
「ながみひなげし」の実を摘んできたって


メダカの横にも^^
実家の「摘んだ花かざり」3
  ↑
これも、道ばたにはえてる「こばんそう」

みんな 「摘んでポン」 しただけです。

こういう 花飾りを
わたしは 毎日 あたりまえに見て育って
当たり前 だと思って過ごしてたのです。



これらの花飾り

「庭や路肩に生えてる植物を チョキンと切って
家にある入れ物に入れて 飾って
小物を添えた」


いまわたしが ブログで飾ってる 「3分フラワーアレンジ」って
ほんっと ズバリ 『このまんま』 なんですよね~



そう、だからこそ

「あえて伝えよう」 なんて ずーーーっと 思い浮かばなかった。

わたしにとっては
物心ついたころから
毎日、ずーっと、「そこにあったもの」 で
「あたりまえ」 だった。


でも わたしの 「あたりまえ」 は
育った家の外に出たら ぜんぜん 「あたりまえ」 じゃなかった。


あらためて

わたしは 「この家」で育ったから
この 「あたりまえ」 を持っていて

わたしは この 「あたりまえ」 がとても 大好きで
いとおしくて

自分の子どもたちにはもちろん
もっとみんなに伝えたいから

今、こういうことをやっているんだな。

と、 思いました。



何を飾っても 良いじゃない!(*´▽`*)


みんな、そんなに悩まなくて、いいよ~

器も、実家のは 花瓶だけど
家にあるコップ、カップで大丈夫だよ~

その辺の草花、摘んできても ホントに飾れるよ~


って、

この花かざりが「あたりまえ」だったわたしだから

やっぱり、口に出して言い続けたいな

って、思うのです^^


そんな 「摘んで飾る」

・何を摘めばキレイになるのか
・水をシャキッと吸わせるには
・どう飾ればきれいに見えるか


3つのコツを あなたに ビデオと図解で 教えちゃう!

【12カ月おうち花マスター講座】7月講義 から開始の
新規受講生さんを

明日、17日 15時から 受付開始します^-^*

コースによって、受付できる人数に限りがありますので
こちらの 「おうち花メルマガ基礎講座」の読者さんから
優先的にご案内させていただきます

コースの違いについて
またのちほど ご説明しますね。

では また^-^/



おはようございます^^ おうち花マイスター*本多るみです♪

先日、実家の ビワの実 を採りに行きました♪

子供のころから 毎年食べている味^0^*
梅雨入りシーズンの 季節行事ですね。

これがね~
「高級果物」として売ってるビワも食べたことあるけど
断然売ってるのより おいしいの ^m^*


実家のお手洗いの窓辺には
「はつゆきかずら」 が飾ってありました。

ん? これ GWも飾ってあったよね・・・


GWのトイレの花↓

実家の「摘んだ花」飾り~毎日これを見て育った

ランがしおれてきちゃって残念だったんだけど;
撮っておいたのがこれしかなかった~ ><

この グリーンがそのまんま飾られてたの。

かわいいピンクの新芽も伸びて元気元気!
根っこ生えてきたんだそうな (笑


この 花飾りを
わたしは 毎日 あたりまえに見て育って
当たり前 だと思って過ごしてたのです。




この花飾り

「庭に生えてるものを チョキンと切って
家にある入れ物に入れて 飾って
小物を添えた」


いまわたしが ブログで飾ってる 「3分アレンジ」って
ほんっと ズバリ 『このまんま』 だよね~~



そう、だからこそ

「あえて伝えよう」 なんて ずーーーっと 思い浮かばなかった。

私にとっては
毎日そこにあったもの で
あたりまえ だった。


でも わたしの 「あたりまえ」 は
育った家の外に出たら ぜんぜん 「あたりまえ」 じゃなかった。



ビワもだけど
こういう 「その場で採って食べる」 も そう。

おじいちゃんとレタスを摘んで食べる娘



あらためて

わたしは 「この家」で育ったから
この 「あたりまえ」 を持っていて

わたしは この 「あたりまえ」 がとても 大好きで
いとおしくて

自分の子どもたちにはもちろん
もっとみんなに伝えたいから

今、こういうことをやっているんだな。



と、 思いました。







おまけ

載せ損ねた GWの写真 in 茅ヶ崎海岸 (向こうに見えるのは 江の島)

GWの海は寒かったバックは江の島

茅ヶ崎の海に行ったけど寒い

サワヤカそうに見えるけど めっちゃ 寒かった!



おはようございます^^ おうち花マイスター*本多るみです♪

昨日
「今年も、摘んだ葉っぱやお花で 0円アレンジ作ったよ~」

って 写真を載せました^^


そうするとね
大抵

「えっ、ホントに 0円ですか!!?」 っていう声をもらいます。


うん、摘んだから 0円なんだけどね。


これ、去年も書いたんだけど。


わたしが摘んだ植物たち

・ウツギの枝 とか
・ドクダミの花 とか
・野イチゴの枝 とか
・シダの葉 とか
・ツル とか・・・ 野の葉っぱにも

じつは

お花屋さんでは 1本いくらとお値段がついて、売っています。

だから、「買ったら」 1枚、1本で150円とか、400円とか かかります。


「摘んだら0円」 な だけなのね。


都会に住んでいる場合は、「ない」から、しかたない。
「買わないといけない」
そういうときは、買えばいい。


ちょっと田舎に住んでいるなら
たぶん 「あります」。

家の周囲を 見渡してみて。

都会の人は 買わなければならない植物たちがね
きっと たーくさん 生えています^m^


昨日までは
「雑草」 「イヤだ」 と言っていたかもしれない 「ソレ」を・・・

「雑草」 「ぼうぼうでイヤね」 と ”思う” か

「キャー、こんなに生えてくれて、活用しまくりねっ♪」 と ”思う” か

の、違いで 毎日楽しくなっちゃうかもしれません。



ちなみに、この 「今年も、摘んだ葉っぱやお花で 0円アレンジ作ったよ~」
のような

「摘んだら0円♪ グリーンアレンジのつくりかた」 は
『おうち花マスター講座』 7月の内容になっています

(現在はビデオ編集中につき募集停止中です>< メルマガで募集開始します)


受講生さんの 素敵な 0円アレンジたち^^



おうち花マスター講座受講生さんの作品・グリーンアレンジ2


ではまた^-^/





おはようございます^^
『おうち花マイスター』本多るみです♪

昨日は、レイチェル・カーソンさんの 生誕107周年でした

今年は 没後50年ということで いろいろなイベントや特集も組まれているようですね。


「レイチェル・カーソン」って 誰??ヽ(゜▽ ゜)ノ

と 思うのが フツーかもしれないので ご紹介。


1962年、沈黙の春」(Silent Spring)という本を出版し
世界で初めて、農薬など化学物質の害を説いた人です。


「沈黙の春」・・・

春が来たのに 花が咲かない
鳥も 蝶も 子どもたちもいない・・・   

そんな「未来」が来るよ、
と書いたのです。 



    文庫版もあります → 沈黙の春 (新潮文庫)


当時は、DDTという農薬が大々的に使われていました。
チフスを媒介するシラミや
マラリアを媒介する蚊を殺してくれたので、衛生品としてたくさん使われました。
もちろん 「人間には無害です」と言って。

ところが、農作物用の農薬として使われると
カエルや小鳥、猛禽など
カーソンの言うとおり、周囲の生き物がいなくなりました。

DDTはなかなか消えないため、どんどん濃縮されて、食物連鎖の頂点の動物ほど
大量に体の中にたまっていくことがわかりました。
=人間にも どんどんたまって、消えない ということ。

最近問題になっている
ダイオキシンや 放射性物質も 同じですね。



その後、DDTが人間に対しても、発ガン性があることや
環境ホルモンとして体の機能を壊すことがわかり
DDTの製造と使用は禁止されていきます。

世界中に 化学物質の害を指摘したこの本により
「地球環境保全活動」がはじまった と言われています。



でも結局 その後も 人間は同じことを繰り返しています。

枯れ葉剤の散布・・・ 
いまも奇形児が生まれています

チェルノブイリ・・・ 
いまも 動物も住めない土地、ガンや流産、白血病の増加に苦しんでいます

そして福島・・・
遺伝子組み換え作物

「いま、即、危険はないですよ」
「今すぐには死にませんよ」
 
と言われるコト・モノの怖さ・・・

身近に感じるようになってきたのではないでしょうか。



「いま即、効き目があって便利です!」 に目先を奪われず

子どもが生まれることができる
その子が育って孫が生まれることができる
いのちの営みを 続けることができる
「べつの道」を探しませんか?
 と   (害虫駆除なら、天敵導入や環境調整など)

50年も前に訴えた人です。



そして、わたしにとっては もうひとつ、偉大な言葉を遺した人。

こどもが お日さまや土・草・虫に 「わあ!」 と感じ、喜ぶ 「あの顔」
あの顔「こそ」を育て、失ってはならない と 
やはり50年も前に 『センス・オブ・ワンダー という本の中で説いた人です。 




あまりに素敵で なかなか要約できませんが 以下要約。


『子どもたちの世界は、
 いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。

 残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに
 澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感をにぶらせ、
 あるときはまったく失ってしまいます。

 この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、
 人工的なものに夢中になることなどに対する解毒剤になるのです。

 生まれつきそなわっている「センス・オブ・ワンダー」をたもちつづけるためには、
 わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを
 子どもといっしょに再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、すくなくともひとり、そばにいる必要があります。

 多くの親は、「自分は自然のことを何も知らない、名前も知らないから教えられない」と嘆きますが
 「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではありません。

 子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生みだす種子だとしたら、
 さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。
 幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。

 美しいものを美しいと感じる感覚、
 新しいものや未知なものにふれたときの感激、
 思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、
 次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。
 そのようにして見つけだした知識は、しっかり身につきます。

 子どもに、事実をうのみにさせるよりも、
 「子どもが知りたがるような道」を
 切りひらいてやることのほうがどんなにたいせつであるかわかりません。』

 
息子と娘
わたしの育てている子供は たったふたりですが

ほんとうにほんとうに
「このこと」が とてもとても 大事だと思っています。

わたし自身の 子ども時代を思い起こしても 大事だと思っています。

わたしはこの 「自然に対して驚き、知りたいと願い、みずから学ぶ」 ことを
好きなだけ やらせてもらいました。

勉強「させられる」 のではなく
自分から 「知りたい、やりたい!」 と心の底から願う

その「気持ち」を持つことが
子どもが学校に入った 「そのあと」 に
ものすごく必要になるのではないでしょうか。

それを育てるのが 0~6歳
特に0~3歳 だと思うのです。


ああ、だから 『おさんぽ花育』
やっていきたいなあ~~~

どういうふうに、どんなふうに 伝えていくのか

そのときの『子どもの顔・表情』 が最高のプレゼントなんですが
その時間を 一緒にいられて幸せ! と
パパママが感じて、もっと家族みんなが幸せになる

そんな「時間」が得られること
将来的には 「自分から勉強できる子」になるおまけつき

それを どうやって伝えていけばいいのかなあ~~~???


まだまだ 悩みますが

やっぱり レイチェル・カーソンさんは すごい!

と思うのでした。



というのを きのう 書きたかったのに~~(笑


ではまた^^/
こんにちは^^
『おうち花マイスター』本多るみです♪

自由研究の話が中途半端なままに
2学期になってしまいましたが^^;
一応 完結するまで書きたいと思います。


8月末、今年も
「自由研究なんです!」という小学生からの質問がきました^-^

その子が選んだのは
「花が長持ちする調味料って何かな?」だったけど^m^


わたしは正直 

『自由研究に何をやったらいいのか分からない』と困る、
ということが

よく分かりません^-^;  ごめん;;



なんでもいいじゃん、なんでも立派な研究だよ!


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海に遊びに行って、たくさんの貝殻を拾ったら
こんなこと 思わないかな?

「たくさんあるね! あれもこれも、なんていう貝なんだろう??
 名前を考えてみよう! 
 貝殻を種類ごとに並べて 図鑑でも調べてみようよ!
 サクラガイの色って、白もピンクもオレンジもあるね、どうしてかな??」

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海の上の「入道雲」がすっごくキレイだったら
こんなこと 思わないかな??

「あの入道雲、どうしてあんな形なんだろうね?
 海の上からすぐには出てないよ。海からちょっと浮いてる!
 どうして 浮いてるのかな??
 それに、上の雲も、まんなかくらいで筋が入ってるよ!
 あれはいったいなんだろう??」

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今回の息子の
「アゲハチョウの羽化観察」だけでも立派な自由研究になると思うし

ほかにも我が家で今年現在進行中の
「オタマジャクシからカエルになるまで」もそうだし
「お祭りの金魚を元気に育てたい」でもいいし
「カブトムシを拾ったよ!なるべく長生きしてもらおう計画」でもいいし


去年の「セミの羽化観察」は、羽化失敗もありました><

「どうして失敗してしまうのか」
「脱皮を手伝ってあげたらうまくいくのか?手伝ってあげることはできるのか?」
「失敗しちゃったセミはどうなるの?」
ということまで書いたらめちゃ上級編だと思います。



そんな、毎日の、暮らしの中での
ほんのちょっと「なんでだろう?」と思ったこと

そのままに書けば、立派な研究になると思うんです。


なのに、多くの子が
「自由研究のネタに困る」のは なぜだろう??

やっぱり
「何かすごく特別な何か」を探してやらなくちゃならない!
”ような気がする”のでしょうか??




毎日の中での「アレはナンだろう? どうしてだろう?」

こどもには、そういう「不思議のタネ」を感じるチカラがあると思うのです。

毎日遊びながら ↑↑ こういうギモンを口走ってると思うんです。

それ、そのまんまで、いいじゃない。



とわたしは思うのです。

来年から息子も小学生なので
「君の毎日のアレでいいのよ」って、言ってあげようと思います。



毎日 えらい数の 「なぜ? どうして??」を息子は発してます。
どの子もみんな そうじゃないのかなあ?
息子の通う幼稚園で見ている限りは みんな 言ってる(笑)



でも、もしかして
「子どもがそういう疑問をすなおに持つこと」自体が、
いまは、難しくなっているのかなあ??


こどもが「不思議のタネ」を見つけることができる

=大人も「不思議のタネ」を一緒に楽しんで親子で遊ぶ
 

なのかもしれません。



大人が楽しくふしぎ発見! していれば
子どもも楽しくマネできる。^^*




だからやっぱり、

「ただおさんぽするだけ」・・・
子どもと一緒に歩いて、見て、感じる

「それだけ」の時間を
もっと伝えていきたいなあと思います^^




「おさんぽ」に、なにか、別のもの・・・
お勉強的な知識の伝授を求めらることが、多いのですが;;

虫や花の名前は、
「そのとき花を見た子どもが感じたままに呼べばいい」。


逆にそういう感想・感じたことをどんどん 言ってもらうのが
「おさんぽ」の目的かもしれない。
こっちが ”図鑑に載ってる正式名称”を教え込む場ではない。


っていうか、今ついてる名前だって
昔の人が「見てそう思った」のが
一応名前として登録されたってだけ
なのですぞ。

だから、いいじゃない。
いま、花を見たあなたが名付ければイイ。


そのうえで、他の人がつけた名前も聞いて
「そんな見かたもあるんだね!それもいいね!」って感じれば
このこと自体が、とっても良い経験だと思う。


花の名前を覚えることに意義はなく

「そうやって楽しく遊んでいるうちに
 いつの間にかいろんな呼び名を覚えてる」


そういうものだと思うのです。

    ↑↑

”勉強しないのに「勉強ができる子」”の勉強って
たぶん、こう(毎日の遊び)だと思います。



だから、 
子どもには とにかく たくさん外で 遊んでほしいと思います。


最近 コレ自体が 難しいから

意識して 外で 遊ばせる
特に3歳までは 一緒に 遊んであげる
親が遊んだ遊びを 教えてあげる

そのことこそが とてもとても 大事だと思います。



ではまた^-^/


     *→そのほかの 「るみのおさんぽ哲学」を読む!

こんにちは、『おうち花マイスター』本多るみです♪

地域によっては 
もう 新学期が始まった!(゜o゜)
んですって~!?

夏休みといえば 
8月31日までだとばかり思ってたワタシはもう古い!?Σ(゚Д゚)


夏休みの始まりに、自由研究に対する考えかた…

『自由研究ってタイヘン?』

『自分の手でやるから本当に分かる、感じる、ソコが大事』

を書いたまま
続きを書かずに
夏休みが終わってしまった学校もあるのねー!!Σ(゚Д゚)




自分の中での夏休み期間内に
続きを書きたいと思います。


まずは 
『テーマを先生に決められたから
 自由じゃない?、つまらない?』



中には、先生が
「君はこれについてやってくるように」
というように

先生が自由研究のテーマを決める、
ということが あるようです。


「だから自由じゃないからヤダ」
と思うのも、もっともです。

っていうかね

これ本当は
自由じゃないことよりも
「押しつけられたこと」そのものが
イヤなんじゃないですかね。


もちろん フリーであるにこしたことはないです。
自由なほうが そりゃ なんでも可能性があって
いいといえばいいでしょう。


でも

フリーすぎる「からこそ」 絞るのが大変
という側面もあります。



それからもう1つ。

この先

やりたい習い事を選ぶのにしろ
行きたい学校を選ぶのにしろ
働きたい場所を選ぶのにしろ
仕事の内容を選ぶのにしろ


完全に フリーダム! 
なんてことは おそらく ありえないでしょう。



なんらかの制約があって
その中で選んで行くわけです。


あ、この記事
大人向けに書いてます、念のため。



提示されたテーマの中で
いま自分が興味を持てる最大限の 
「どうしてだろう?」「知りたい!」を
見つめようとする 

そのことが


大人になって
職場で不平不満をこぼすのか


提示された仕事の中に

自分で仕事を楽しくする
そしてかかわる人を幸せにする
「どうしてだろう?」「知りたい!」を見つけて 

毎日楽しくワクワク働きながら
成果も出して仕事ができるかどうか
 に

めちゃくちゃ 密接に かかわってくるんじゃないか


「花屋さんのお仕事のアドバイス」もやっている私は
ひしひしと感じております。




どんなテーマ、どんな題材であれ

「へえ~! おもしろい!」

って思うことって、あると思うんです。




だからこそ テレビで いろんな工場見学とか
いろんな国の話なんか見て

「へえ~! おもしろい!」

って思うんですよね。




どんな題材であっても
かならず
「へえ~! おもしろい!」 って
興味を持てる側面が あるはずです。


「花を育てる」というだけでも 
これだけありましたよね?

見る方向を変えるだけで
もっともっと、出てきますよ!



「押しつけられて、イヤだ」

こどものその気持ちは 分かってあげつつ



・いろんなものの見かたがあること

・かならず面白いと思える見え方があること

・そのことが将来きっとあなたを救うこと



そんなことを 伝えてあげて
子どものヤル気を引き出してあげるのが

先生や 両親 はじめ
関わる周囲の大人の役割なんじゃないかな



と思う 今日この頃です。



おはようございます^^
おうち花マイスター*本多るみです♪


ちょっと間が空いてしまいましたが
今日は、夏休みテーマ 『自由研究』のワタシ論②


【”自由研究”で
 「カンペキな正解」を出さなきゃと思っていませんか?】


ということについて
お話してみたいな、と思います。




自由研究は、「研究」とついているからして

-------------------------
何かに「不思議だなあ」とギモンを持って
調べてみる・実験してみる・自分で作ってみる 
という、
その【体験】が重要
-------------------------


だと わたしは思っています。



この質問を頂いて わたしがまず「?????」と 不思議に思ったのは


なぜ、この親御さんは
「タネまきから30日で咲く花」がほしいんだろう?

ということ。


で、おそらく、この親御さんは

「タネをまく観察日記をするなら、
 花が咲いて終わりでなくてはならない」


と思っているんであろうことに気づいたんですね。



「正解の型」を求めているんじゃないかな? と。



日本の教育って、
最近は、私立の学校を中心に
「自分で考えてね」という教育に変わってきてはいますが
基本、「正解を暗記せよ」教育 なワケです。


でも、
「研究」に「正解」は 「ない」んですね~ -0-



ノーベル賞などで評価される研究は、
確かに「成果が出た研究」です。

でも、そんなにはっきり成果が出る「研究」なんて
それこそ何億、何百億と星の数ほどある研究の中の
わずかな「数個」です。

ふつう、研究というものは
調べて究めて 答えが出ない 
そういうものです。



「小学生全員」がやる課題に、
「めざましい 世紀の大発見!!」 という
そんな「何十億に1つの奇跡」が求められるはずもない のですが


「正解をもって行かなければならない」という
半ば脅迫概念みたいなものを

ついつい、
「正解を暗記せよ」教育を受けた 親側の身としては
考えてしまうのかもしれません。



もともと、自由研究や工作の意図するところは

「世の中のしくみや起きていることにギモンを持ち
 どうしてなんだろう?
 どうなっているんだろう?
 知りたい! 解明したい! と思う気持ちを
 書きしるしたり、工作を作ることで表現しておいで」

というものだと思っています。



その「経験」をすることで
身をもって「体験」をすることで

その「過程」で 
その子なりの
100人いたら100様の

『気づき』があるはず。



その『気づきの体験』をするための宿題

なのではないでしょうか?



こういう「経験」が

「もっと知りたい!」=勉強したい! とか

「将来、○○になりたい!」 という

未来の夢を 育むのではないでしょうか。




わたしは、自由研究とは 
興味をもつことができる対象を見つけることで

「子どもが、自分の人生の目的を見つけるためのエッセンス」

だと思っています。




だから、
たとえば、頂いたご質問のように
「植物を育てたい」と思ったのなら・・・

まずは
土や鉢、肥料など
「植物を育てるための準備」を調べて、ととのえます。


そして
「夏休みの今がタネまき時期にある植物」
を調べてタネをまき・・・



・まず、芽が出るまでに1~2週間かかることを知る
・すべての種から芽は出ないことを知る
・大きく育つために間引きをしなくてはならないことを知る
・間引きして抜くときにどう感じた?かわいそう??
・抜いた苗をどうするか? 他のところに植えてみる??

・残った苗がどんなふうに毎日育つのか
・1日どのくらい伸びるのか
・葉っぱはどんな順番で出てくるのか
・上の葉っぱが出てきたらどんな位置に出ているのか
・つるを巻く植物ならどっち巻きなのか

・全部の苗が同じ方向に巻いてる?巻いてない?
・茎や葉っぱに毛が生えている??
・この葉っぱの毛は何のためにあるんだろう??
・葉っぱに穴があいた!どうしてかな?
・葉っぱを食べているのは誰??

・折れてしまったら、そのあと何が起こるのかな?枯れちゃう?新芽が出る?
・どうして新芽が出てくることができるんだろう??
・つぼみができた!
・花が開くときってどんなふうに開くんだろう?
・花は咲いてからも毎日変わるのかな?

・花に誰かやってくるかな?
・花びらはどんなふうにして落ちる?
・花びらが落ちたあとの花はどうなるんだろう?
・タネができてきた!毎日どう変わっていくんだろう?
・タネが実ったみたい
・実ったタネには誰か来るかな?
・このタネはどうすればまた来年も咲くかなあ?



といったほんとうにたくさん、たくさんのことを

【不思議に思い、ギモンを感じ、
 そして自分で考えて、
 観察したり実験してみたりする】


この部分こそが重要なところであって


最終的に、
つぼみがつく前に
夏休みが終わろうと
「何の支障もない」と思います。



そこまで、で
いいじゃないですか。


「花が咲いてほしかったけど、まだみたいです。
 花が咲くには、あと1カ月くらいかかるそうです。
 花がさくまでに、そんなに長くかかるなんて知らなかった。
 咲いてる花を見たら、みんな頑張って大きくなったんだな
 と思うようになりました」


そんな自由研究、とっても良いと思うんです。



少なくとも、この経験をした子は

「いのちが育つのには時間がかかること」
「花は咲くまでにとってもがんばったんだ」

ってことを知ることができます。



きっと、
花や、身の回りにあるいのちを
これまでよりずっと大事にできるようになるでしょう^^



そうやって、

いままで、
「見えているのに全く見ようとしなかった世界のこと」
にギモンを持って、

見たり 触れたり やってみて 感じた

「オドロキ・感激・感動」こそが大事!



なのであって

夏休みが終わるまでに花が咲こうが咲くまいが、
そこはぶっちゃけ、どうでもいい所 だと思っています。




というか 
そこまでの過程を「楽しい!」と思えれば

子どもは自分で自主的に、
「花が咲いてタネをつけるまで観察し続ける」んじゃないのかなあ?




「花が咲いてタネをつけるまで観察し続ける」・・・

そのことはもちろん、とっても良いことなんだけど

夏休みの間にそれを終わらせることが目的なんじゃなく
やらせる(強要する)のが目的なんじゃなく

「そうしたい」と思う「気持ち・意欲」を「育てること」

そこが大事なんじゃないのかな と思うんです。




自分も親になって思うこと、それは・・・

親であるわたしたちにできることは
そんな子どもの成長・・・

子ども自身が 自分で 自分の人生を生き抜いていく

そのための成長を
そのために必要な力をつける過程を

見守って行くことなのかなあ~


と 思っています。





自由研究の話、まだまだ つづきます~~^-^/